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東京地方裁判所 平成4年(ワ)15269号 判決

第一事件、第二事件原告

日個連東京都交通共済共同組合

第一事件被告

三井海上火災保険株式会社

第二事件被告

株式会社大協運輸

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は第一事件、第二事件とも原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

第一事件被告三井海上火災保険株式会社(以下「被告三井海上」という。)は、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する平成三年五月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件

第二事件被告株式会社大協運輸(以下「被告大協運輸」という。)は、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する平成三年五月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件(第一事件及び第二事件を総称して「本件」という。)は、石田航司(以下「石田」という。)の運転する自動二輪車(品川て二七五〇号、以下「石田車」という。)が中央分離帯の植え込みの間から転回しようとした大野康司(以下「大野」という。)の運転するタクシー(練馬五五く三三八四号、以下「大野車」という。)に衝突し、左前方に進行した後、被告大協運輸の従業員である中島久至(以下「中島」という。)が道路側端に駐車していた同被告所有の普通貨物自動車(練馬一一う六四八七号、以下「中島車」という。)に衝突した事故(以下、石田車の二度の衝突を総称して「本件事故」という。)に関し、石田の遺族に対し、日個連東京都交通共済共同組合交通共済約款(以下「共済約款」という。)に基づいて大野と石田の遺族との間において約定された示談金を支払つた原告が、商法六六二条に基づいて大野の被告大協運輸に対する共同不法行為者間の求償請求権を代位取得したとして、被告大協運輸を相手に求償金請求をし、中島車の自賠責保険会社である被告三井海上を相手に民法四二三条、自賠法一五条に基づいて自賠責保険金を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

平成元年一一月二一日午後六時四五分ころ、東京都渋谷区代々木神園町二番先(都道放射二三号線)路上において、山手通り方面より原宿方面に向け直進していた石田車が、本件事故現場で対向車線から転回しようとしていた大野車の左前部横に衝突し、石田車の進行方向からみて左前方に進行した後、被告大協運輸の従業員である中島が道路左端に違法駐車していた同被告所有の中島車の右後部に衝突した。そして、石田は、同日午後一一時三五分ころ、脳挫傷により死亡した。(争いのない事実、甲一の1ないし14、乙一)

2  被告大協運輸と被告三井海上間の自賠責保険の締結

被告大協運輸は、被告三井海上との間で、保険期間を平成元年二月八日から平成二年三月八日までとの約定で自動車賠償責任保険契約を締結していた。(争いのない事実)

3  大野と石田の遺族との示談及び原告による示談金の支払

本件交通事故による損害賠償につき、平成三年四月四日、原告組合員である大野と石田の遺族らとの間で、大野が既払金二五四七万六三七〇円のほか七〇〇〇万円、総額九五四七万六三七〇円を支払うことで損害賠償示談が成立した。原告は、右示談の成立により、共済約款第二章賠償責任条項四条に基づき、右既払金のほか、平成三年五月一六日、七〇〇〇万円を石田の遺族らが指定する銀行口座に振り込んで支払つた。(甲三ないし九、一〇の1、2、一二、一三、一五)

二  争点

本件の争点は、中島車の違法駐車と石田の死亡との間の相当因果関係の有無、前記保険代位の可否及び消滅時効の成否であり、これらに関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

1  中島車の違法駐車と石田の死亡との間の相当因果関係

(一) 原告

石田は、石田車を大野車左前部付近に接触させた後、斜め前方に走行して中島車の右後部に衝突したが、大野車との衝突時には死亡しておらず、石田車が中島車に衝突した際、路上に飛ばされて脳挫傷の重傷を受けた。石田の死亡は、事故現場が駐車禁止であつたにもかかわらず違法駐車をし、駐車灯及びスモールランプの点灯の安全措置を講じていなかつたことにより道路交通の危険を増大させた中島車の運行によるものである。

(二) 被告ら

石田は、石田車が高速で大野車に衝突した衝撃により、石田車から離れて中島車の前方路上に投げ出され、石田車と中島車が衝突した際、すでに石田車に搭乗していなかつたのであるから、中島車の運行と石田の受傷・死亡との間には因果関係がない。

仮に、石田が中島車と衝突していたとしても、ハンドル操作の自由等を奪われた石田車が道路左端の縁石等に衝突して同様の結果を招いたことは明らかであるし、中島車の駐車が石田車の進路を妨害するような危険な状態を作出し、又は損害を拡大したものではないから、右駐車と石田車の衝突との間には相当因果関係がない。

2  保険代位の可否

(一) 原告

被告大協運輸は、従業員である中島に自己の保有する中島車を運転させ、中島を自己の業務に従事させ、中島車を自己のために運行の用に供していた者であるから、石田に対し、民法七一五条及び自賠法三条による損害賠償責任があり、大野と共同不法行為責任を負担する。したがつて、原告は、大野の石田の遺族に対する示談金の支払いをしたことにより、被告大協運輸に対する共同不法行為者間の求償請求権を代位取得し、右請求権に基づき、自賠法一五条により被告大協運輸が被告三井海上に対して有する保険金請求権を民法四二三条によつて代位行使する。

(二) 被告ら

前述したとおり、被告大協運輸は石田に対し不法行為責任を負担しないから、原告は被告大協運輸に対する求償請求権を代位取得することはあり得ない。また、原告の石田の遺族らに対する支払は自賠法一五条の要件を欠くし、被告大協運輸は無資力ではないから、原告の被告三井海上に対する保険金請求は失当である。

3  消滅時効の成否(被告大協運輸)

仮に、被告大協運輸が石田に対し損害賠償債務を負担するとしても、同債務は、本件事故日により三年を経過した平成四年一一月二一日の満了をもつて時効消滅した。

第三争点に対する判断

一  中島車の違法駐車と石田の死亡との間の相当因果関係

1  証拠(甲一の1ないし14、乙一)によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件事故現場付近の道路は、別紙現場見取図のとおり東西に走る車道幅員二二・二メートル(山手通り方面から原宿方面へ行く車線が幅員一〇・八メートルで片側三車線、原宿方面から山手通り方面へ行く車線が幅員五・四〇メートルで二車線、ゼブラの幅員が三・四五メートル、中央分離帯の幅員が二・五メートルである。)でアスファルト舗装された平坦な直線道路であり、事故発生時の路面は乾燥した状態であつて、制限速度時速五〇キロメートル、駐車禁止の各規制がなされている。道路条件は、市街地で、交通頻繁であり、照明が設置されている。本件事故当時の天候は曇天であつた。

(二) 大野は、本件事故現場付近道路を原宿方面から山手通り方面に向かつて進行してから、原宿方面へ向かうために中央分離帯の植え込みの間を転回するに際し、同見取図〈4〉地点で左方に石田車ライトの光を認めたが、かなり遠くに見え、速度もさほど高速ではなく、このまま発進しても石田車が大野車の左側を十分通り抜けることができると思つたため、ハンドルを最大限に転把し、時速約二〇キロメートルで回転しようとした。ところが、大野の予想に反して、石田車が時速九〇キロメートル以上の速度で走行していたため、石田車は、直立の姿勢で大野車の左側面前部ドア付近に斜め後方から衝突(別紙現場見取図X1地点)し、大野車は中央分離帯縁石に前部右バンパー下部スカート部分を乗り上げて停止した。中島車は、同見取図甲地点に前部を原宿方面へ向け、道路左端にほぼ平行に駐車し、道路側端からその右側面までの距離が二・二メートルであつた。石田車は、大野車と衝突後、大野車との衝突地点から約一三メートル離れた中島車の右後付近に衝突(同見取図X2地点)し、後輪タイヤが約二〇センチメートルほど中島車のボデーの下に入り、前輪は南西に向けて転倒していた。石田は、同見取図〈ウ〉地点に大野車との衝突地点から約二〇・三〇メートル離れた中島車の前方に頭を中央分離帯の方へ向け、足を歩道寄りに向けて、少し斜めに仰向けに転倒し、ヘルメツトをかぶつていない状態で倒れていた。石田車のガソリンタンクは、大野車との衝突地点から一八・七〇メートル離れた中島車の右前部付近(同見取図〈エ〉地点)に転がつていた。

本件事故現場の衝突地点付近には、同見取図記載のとおり道路の左側端から四・五メートルの位置を始点として、道路に対し斜めに長さ四・六〇メートルの路面擦過痕があつたが、スリツプ痕等の痕跡はなかつた。(甲一の2、3、乙一)

(三) 大野車の破損状況は中破の状態であり、左フエインダーが左前ドアーにかけて車両前部から五五センチメートルの位置から後方一七六センチメートル、上下幅七〇センチメートル、最深部で二〇センチメートルの凹損がある。右凹損面には、赤色塗料の付着状況及びその地上高等から、石田車のレツクガードやエンジン防護パイプが衝突したと認められる凹損があり、石田車のフエンダーが衝突した皮膜及びフロントフオークのカバーが衝突したゴム皮膜が付着し、また、石田車のデイスクブレーキが衝突して破れた箇所がある。大野車の左前輪タイヤは、リムの変形によつてバーストし、また、大野車の左ミラーにも破損がある。

石田車の破損状況は、大破の状態であり、前輪が約三八センチメートル楕円形に変形してリムの一部が亀裂していて、タイヤフオークも多数折れ、また、フエンダーが破損脱落している。石田車のフロントフオークは、下端部から上方七五センチメートルの位置で後方に変形し、左フオーク下端から上方三五センチメートル及び三〇、五〇センチメートルの各部に青色塗料及び黒色皮膜が付着している。前照灯も離脱し、エキゾーストパイプやエンジンガードパイプも破損し、サドル及び燃料タンク右側面には生地擦過が生じている。石田車のハンドル右側は、前方に押され、ハンドルグリツプの基部及びフロントカバーの一部に生地痕が擦過状に生じている。石田車の後輪部も相当毀損している。

中島車は、右後輪ドロよけ曲損、後部右テールランプ凹損、後部ステツプ右側曲損で小破の状態であつた。

2  右認定の事実によれば、石田車は、時速九〇キロメートル以上の高速走行の状態で大野車の左前側面に斜め後方から衝突しているところ、右衝突時に前輪が大野車の左前輪とボデーとの間に突つ込み、このため前輪が大破した後、衝突時の衝撃によつて後部を左方に振られながら跳ね飛んで転倒し、擦過痕を路面に印象しながら滑走して駐車中の中島車の右後輪付近に衝突し、前部を山手通り方面に向けて停止したこと、及び、石田車と大野車との衝突又は石田車の路面への転倒の衝撃が強度のものであつたことが推認されるところである。このことに、〈1〉路面に擦過痕が残つているものの、スリツプ痕等の痕跡、すなわち石田が石田車に搭乗したまま制動措置等をとつたことを窺わせる痕跡がないこと、〈2〉石田の転倒位置が中島車の前方であつて、この位置関係からすると石田の身体が中島車に衝突した上で、更に移動したことは認め難いこと、〈3〉石田車の燃料タンクは、石田が石田車に搭乗しているときは、石田の身体の下部に位置するものであるところ、同タンクが石田車と分離して中島車の右前方に飛んでおり、乙一号証の資料写真第三ないし第六図により認められるオイルの散布状況からすれば、右燃料タンクは、石田車が中島車に衝突する前に分離していることが認められることを総合すると、石田は、石田車が大野車に衝突したことにより、石田車の中島車への衝突前に石田車から分離し、右転倒位置の方向へ真つ直ぐ飛ばされた可能性がかなり高いというべきである。そして、本件記録を精査するも、石田の身体が中島車と衝突したことを窺わせる痕跡、特に中島車に血痕、毛髪、肉片、着衣の繊維等の付着を認めるに足りる証拠が全く存在しないことからしても、中島車に石田の身体が衝突したことを認めることはできない。

そうすると、石田の死亡と中島車の駐車との間に相当因果関係を認めることはできない。

二  結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 大工強 湯川浩昭)

現場見取図

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